続・昭和鉄道風味

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1号車 キハユニ25

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2号車 キハ27             3号車 キハ22

 皆さま、長らくのご乗車、お疲れ様でした。

 まもなく終点、なよろ、名寄に到着いたします。

 3番線到着、降り口は右側です。
 
 北母子里、湖畔方面へお越しの方、深名線朱鞠内行きは橋を渡り0番ホームへお回りください。

 本日は急行「大雪5号」にご乗車いただきまして誠にありがとうございました。

 忙しいので、今日はこれまで^^;

*OLYMPUS C2020Z、Canon EOS Kiss Digital Nで撮影。


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薄暮の函館山

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OLYMPUS C2020Z 36mm 2001.4.6 18:08

 函館山といえば、もう頭の中は夜景ですが、薄暮の函館山もいいもんです。8年前の4月に函館を訪れたとき、ちょっと早めに函館山へ上ったら、ご覧のとおりの微妙な風景が広がっていて、不思議と新鮮な気分にさせられました。

 函館山へは、ガキの頃から数え切れないほど訪れていますが、意外に真っ昼間に訪れたことはありません。夜に行くと芋を洗うような混雑になるし、業者のカメラマンからは邪魔者扱いされたりするんで、懲りてるんですけどね(^^;)。

 最悪だったのは、一昨年の12月のこと。湯の川温泉に1泊するツアーパックで函館山へ行ったのですが、唯一の足であるロープウェーに他のツアー客が殺到。1時間近く待たされてようやく頂上に上がったと思ったら、「はい、5分後に集合です!」だとさ(笑)。まぁ、おいらは何度も来ているからいいですけど、初めて来た人は開いた口が塞がらないでしょう。これだから、ツアーは安くても×(ペケ)ですわ。

 とまぁ、なんだかんだいってもまた行くのですよ。それくらい、ロケーションの素晴らしいところですから。

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SANYO DSC-SX150 36mm 2001.4.6 17:40 大きな地図で見る


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2001年3月・津軽行き

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ふだんの津軽鉄道はこの新型「津軽21型」が行き交うだけ

 最近、過去の写真を整理していて、3月という時期はまともに写真を撮っていないことに気がつきました。旅行にはまず行かないし、かといって札幌市内も一番汚い時期なので写欲がいまいち湧かない。昔はキレイなもの、非日常的なものにばかり目が行きがちで、「被写体はどこにでも転がっているんだ!」という意識が薄かったことも原因でした。

 そんな中で、8年前の2001年3月、珍しく北海道を飛び出して旅行していたことが判明。目的地は青森県の津軽鉄道。タイムスタンプは3月11日と時期的にはドンピシャリで、「あれ~、なんで行ってたんだろう?」とファイルをめくってみたら、この「ストーブ列車」がお目当てだったようです。

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ヘッドマーク付きの名物「ストーブ列車」

 地元では「津鉄」といわれ親しまれている津軽鉄道は、過疎に苦しむ地方私鉄の性で、ご多分に漏れず経営は苦しく、名物の「ストーブ列車」は現在、特別料金を徴収して運転されています。もっとも、これまで運賃だけで貴重な客車列車に乗れたのが良心的なのであって、経営難の地方私鉄は、都会のヨソ者からもっとお金を取ってもバチは当たらないと思います。そのうち、キハ22も貴重な旧型ディーゼル列車ということで、特別料金を徴収する時が来るかも!?(たとえ料金を取られても、おいらは乗りますヨ)。

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津軽鉄道は列車交換もご覧のとおりタブレット式です

 それにしても、津軽鉄道にはよく通っています。初めて訪れたのはたしか1976年頃。この頃は、現在、鉄道博物館に保存されているオハ31が「ストーブ列車」に使われていて、もちろんおいらは乗っています(が、写真は撮っていない)。もっとも、最近のお目当ては「ストーブ列車」よりもキハ22で、特別運転されるサクラの季節や夏のイベントにはよく乗りに行っています。札幌からなら、急行「はまなす」に乗って夜行トンボ帰りでサクっと行けるのも魅力的です。

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キハ22が放置プレイ中だった
津軽鉄道五所川原駅のホーム

 そんな津軽鉄道の中で、もっとも好きな駅が嘉瀬駅です。手書きの時刻表、使われなくなった出札口や改札口、手・小荷物取り扱い窓口など、古きよき駅のアイテムが古いまま残されています。ここは1度夜にも訪れたことがありますが、そのときの寂寥感といったらもう、たまりません。まさに時が止まった感じで、今が21世紀であることが信じられなくなります。

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津軽という言葉がぴったりはまるお気に入りの嘉瀬駅

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手書きの時刻表(左)と津軽五所川原駅の佇まい(右)
時刻表にある「ストーブ」は「ストーブ列車」のことですヨ

 経営難ゆえ、公的な援助がなければ立ちゆかない津軽鉄道ですが、貴重な鉄道遺産として存続していく道が与えられることを願っています。今後も折に触れて、過去の津軽鉄道の写真をご紹介したいと思います。


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*OLYMPUS C2020Zで撮影。

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北浜駅

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60mm 2000.3.9 9:38

 今年の網走地方の流氷接岸はかなり遅かったようで、氷にびっしり覆われるようになったのはつい数日前のことだったらしいです。やはり、地球温暖化は確実に進んでいるようですね。

 9年前に流氷を見に行ったときは、網走から流氷観光船「おーろら」に乗る前に、釧網本線の北浜駅に立ち寄っていたようです。その時の写真が出てきました。主目的は「流氷ノロッコ号」の撮影だったようですが、激しい雪に見舞われてしまい、ご覧のとおり。列車がやってくる直前にはキレイに晴れ渡っていましたから、「なんでだよ~」と地団駄踏んだのをよく覚えています^^;。

 北浜駅は、喫茶店「停車場」が併設された駅で有名で、駅の中は本州から来た観光客のものとおぼしき定期券やら名刺やらが、なぜかベタベタと貼られていました。いまなら「おいおい・・・個人情報もろバレじゃん」と言われそうですが、この時期はいまより呑気だったんでしょうね。

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(左)35mm 2000.3.9 9:55
(右)35mm 2000.3.9 9:55

 「停車場」の方は、テレビなどでかなり有名になったのか、結構混雑していて、仕方なく流氷が見えないカウンターに座りました。たしか、ラーメンを食べたような気がしますが、お店の人も忙しくて余裕がないのか、お茶を飲みながらゆったりと流氷を眺める雰囲気にはほど遠い感じでした。いまはどうなっているんでしょうね。

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35mm 2000.3.9 9:57


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*OLYMPUS C2020Zで撮影。

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最北急行

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CASIO QV-8000SX 102mm 2000.3.11 0:04
急行「利尻」

 去年の8月に札幌~釧路間の特急「まりも」が運転を終了して以来、札幌から北へ東へと走る夜行列車はまったく見られなくなりました。いまや、釧路までなら3時間台、稚内までなら5時間台の到達時間となり、もはや夜行列車の出る幕はないというのもわかります。夜行高速バスは安いだけに結構頑張っていると思いますが、バスは窮屈なので、乗り心地ならやはり列車に軍配が上がりますね。

 ところで、今回の写真はまたまた9年前のものです。2000年3月11日に実施されるダイヤ改正で、札幌~稚内間の急行「宗谷」「利尻」、旭川~稚内間の急行「礼文」がなくなるというので、改正前日に乗り納めに行ったときのスナップです。

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OLYMPUS C-2020Z 35mm 2000.3.10 8:24
急行「宗谷」

 この時は、3月9日に札幌発の急行「利尻」に乗り、翌日、稚内に着いた後、札幌行きの急行「宗谷」に天塩中川まで乗車。次に旭川からやってきた急行「礼文」に乗り、また稚内へ。ここで、急行のお別れセレモニーを見物し、上りの最終運転となる「礼文」で旭川へ向かいました。

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CASIO QV-8000SX 52mm 2000.3.10 17:03
急行「礼文」

 稚内ではちょっと時間があったので、駅前をブラブラ。名前は忘れましたが、とある喫茶店に入りました。ここのマスターが妙に気さくな方で、最初、おいらはテーブル席に座って時刻表なんぞを見ていたのですが、いつのまにかマスターに引き寄せられるようにカウンターに座らされ、鉄道マニアの生態など、いろいろとおもしろい話を聞かせてもらいました。まぁ、その内容はちょっと、あれなんですが^^;。ただ、彼はおいらを見て「鉄道マニアには見えないね」なんて言ってました。当時のおいらは、電車男をちょっと太らせたようなメタボルックだったから、見た目はたいして変わらないと思うんですけどね(笑)。

 このマスター、やはり急行の廃止は淋しいと言っていました。昔は、「利尻」が稚内に着くと、お客さんがこの喫茶店に次々とやってきて、束の間の賑わいを見せていたとか。いまは、特急「利尻」が廃止されていますから、閑古鳥が泣いているのかも。あれ以来、じっくり腰を据えて稚内を訪れたことはありませんが、もし、また、行ければ、もう1度立ち寄りたい喫茶店ですね。

 さて、「礼文」で旭川に到着した後は、特急で札幌へ。ものすごく慌ただしい1日でしたが、ここから最後の急行「利尻」に乗り、再び、稚内を目指しました。おいらは「北海道フリーきっぷ」のグリーン車用を持っていましたが、あいにくB寝台も指定席も満員で、仕方なく自由席に。隣に、ごく普通の女性が座っていて、「いったいなにがあったんですか!?」と驚いたように聞かれたので、「この急行が今日で最後なんですよ」というと、彼女は「あ~、それでマニアさんがいっぱい乗っているんですねぇ」と納得していました。

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CASIO QV-8000SX 124mm 2000.3.11 0:22

 結局、稚内までの道中は一睡もできなかったようで、終点の稚内では南稚内へ引き上げる「利尻」を見て、この旅は幕となりました。3月11日となったこの日は特急「スーパー宗谷」が運転を開始した日で、新鋭のキハ261系が大増結で札幌へ向かい出発していきました。

↓本日のおまけ(^^)/

急行「宗谷」「礼文」「利尻」 posted by (C)kihayuni

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湿原のSL

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OLYMPUS C2020Z 100mm 2000.3.13 11:52

 24日から釧網本線で「SL冬の湿原号」の今シーズンの運転が始まったそうです。この列車が最初に運転されてからもう10年近くが経過しました。実は、1999年12月にJR北海道主催でこの列車の試乗会が開かれ、役得で参加することができたのですが、このときは鶴居村までバスで行き丹頂の撮影もさせてもらえました。腕も機材も貧弱だったから、写りはたいしたことなかったですけどね^^;。

 自前でこの列車に乗ったのは2000年3月のことで、このときは「マウントレイク摩周」という、いまは亡きリゾート列車に乗って塘路まで行き、そこから釧路湿原の中にあるサルボ展望台というところまで歩き「SL冬の湿原号」を俯瞰して撮りました。このあたりは線路が西へ大きくカーブしているため、塘路から向かってくるシーンを撮った後、別のカメラでカーブを回って北上するシーンも撮れるという、1粒で2度おいしい撮影ポイントでした。ただ、展望台の足場がとても悪く、上っているときにうっかり足を滑らせそうになったのは怖かったなぁ・・・。


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 首尾よく標茶行きの列車を撮った後、展望台を降りて塘路駅方向へのんびり歩いていると、線路沿いに釧路方面へ向かう「マウントレイク摩周」や快速「しれとこ」がやってきたのでそれをパチリ。標茶から折り返してくる釧路行きの「SL冬の湿原号」をうまく収められる撮影地を探していましたが時間切れとなり、仕方がなく彼方の踏切に差しかかる列車を撮ったのがこれ。望遠を活かしてアップ気味に撮らなかったのは、雪がちょっと激しくなり、カメラを庇ったからかもしれません。

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CASIO QV-8000SX 240mm 2000.3.13 14:10

 釧路行きの「SL冬の湿原号」は塘路で長時間停車するので、撮ってから乗ることができました。機関車の手前には車掌車の「ヨ」を改造した展望車もどきの車両が連結されていて、ここから臨場感あふれる機関車の息づかいを堪能できました。

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(左)OLYMPUS C2020Z 35mm 2000.3.13 14:38
(右)CASIO QV-8000SX 210mm 2000.3.13 14:49

 以来、この列車にはまったく撮っても乗ってもいません。やはり釧路は札幌から遠すぎるし、3月でも猛烈に寒かったので、1月や2月となると、指がかじかんでとてもシャッターを押すどころではない、と勝手に思っているわけでして。こういうのが根性なしというわけです^^;。

↓本日のおまけ(^^)/


鶴居村の丹頂 posted by (C)kihayuni

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小沢駅・2000年冬

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OLYMPUS C2020Z 1/650sec f3.6 ISO100 35mm 2000.2.12 12:12

 昔の写真を探さなければならなくなって作業をしていたら、こんな写真が出てきました。

 レアな「鉄」な方ならこの駅を知らない人はいないはず。ちなみに「こざわ」と読みます。「おざわ」ではありません^^;。函館本線と1985年に廃線となった岩内線との分岐駅です。ガキの頃、ここで急行「らいでん」の併結作業を何度か見たことがありました。この写真は9年前の冬に撮ったものですが、人気のないホーム、煤けた木造の跨線橋など、その風情はいまも変わっていないはず。「トンネル餅」を売っている駅前の末次商店のオヤジさん、元気かなぁ~。たしか、足を悪くしていたとか聞いていたけど。

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(上)OLYMPUS C2020Z 1/500sec f3.2 ISO100 45mm 2000.2.12 12:13
(左下)OLYMPUS C2020Z 1/160sec f2 ISO100 35mm 2000.12.12 12:19
(右下)OLYMPUS C2020Z 1/125sec f3.2 ISO100 70mm 2000.2.12 13:20

 写真のexifを調べてみたところ、当時、使っていた機材はOLYMPUSのC2020ZとCASIOのQV-8000SXでした。ちなみにこの頃のデジタル一眼といえば、NikonからD1が65万という価格で出ていました。現在のD3とほぼ同じ価格ながら有効画素数は260万画素とかなり低く、新聞レベルでようやく使えるクォリティだったとか。それでもCANONから出ていたD2000の3分の1の価格だったため、それなりにインパクトはあったようです。もちろん、当時のおいらが手に入れられるシロモノではなく、もっぱらこの2つのコンパクトデジカメでパチパチやっていました。

 C-2020Zはすでに手放していますが、開放f2.0(換算105mm相当の望遠端でf2.8)もの明るいレンズを備え、描写はかなりシャープ。画素数を度外視すれば画質は現在の1000万画素級とひけをとりません(それだけCCDサイズに対して画素ピッチに余裕があったということか)。一方のQV-8000SXは131万画素の低画素ながら換算320mmまでの望遠ズームを備え、テレコンを使えば換算480mm相当になるという、当時としてはトンデモ級なコンパクトデジカメでした。こちちは現在も所有していますが、電池室がいかれていて稼働できない状態。しかし、このカメラを使っていたおかげで、おいらの写真に対する見方が変わりました。撮っていてとにかく楽しいのです。恩恵もそれなりに受け、「デジタルカメラマガジン」のコンテストで金賞をいただいたこともありました(以来、コンテストの類には応募していませんけどね)。ツボにはまったときは素晴らしい描写をしますが、外すとガッカリな絵ができるという、暴れ馬的カメラでもありました。だから動かなくてもいまだに愛着があって手放せないのです。

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CASIO QV-8000SX 1/300sec f4.8 ISO不明 135mm
2000.2.12 13:13

 以上、5点の写真はもちろんカラーで撮っていますが、capture NXで白黒変換してから粒子をかけています(だから、撮影データを表記してもあまり意味ないですけどね^^;)。こういう渋い雰囲気の写真は、思いっきりハイキーにして荒い粒子をかけたほうがそれっぽく見えるのではないかと。もちろん、写真の拙さをカバーする、いかにも・・・なテクであるわけですが^^;。


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